
【この記事はこんな方に向けて書いています】
- 「データドリブン経営」の掛け声のもと、BIツールの導入を検討している経営者やDX推進担当者の方
- クライアントから「良いBIツールを選んでほしい」と依頼されたが、どこから手をつければいいか分からないコンサルタントの方
- 部署ごとに乱立する、膨大なExcelレポートの作成と集計地獄から、本気で脱却したいと考えている方
- Tableau、Power BI、Looker Studio…有名なツールは知っているが、自社にとっての「最適解」を選ぶ基準が分からない方
- すでにBIツールを導入したものの、一部の部署でしか使われず、「宝の持ち腐れ」になっていることに課題を感じている方
「我が社も、いよいよデータドリブン経営へ舵を切る。その第一歩として、最新のBIツールを導入し、社内に散らばるデータを可視化したい。〇〇さん、ぜひ支援をお願いしたい」
クライアントの経営者から、こんな力強く、前向きな依頼が舞い込む。これは、コンサルタントとして、まさに腕の見せ所です。
しかし、この一見すると輝かしいプロジェクトが、その9割方、「誰も見ない、美しいグラフ」を大量生産するだけの、「高価なお絵描き」で終わってしまう現実を、あなたはご存知でしょうか。
世界的な調査会社であるガートナー社のレポートでも、多くのBIプロジェクトが、期待されたROI(投資対効果)を達成できずにいることが、繰り返し指摘されています。
その失敗の本質は、あまりにもシンプルです。それは、美しいグラフやダッシュボード、つまり「見える化」すること自体が目的化してしまい、そのデータを見て「で、我々はどうアクションするのか?」という、ビジネスにおける最も重要な問いが、抜け落ちてしまうことにあります。
この記事では、BIツール導入を単なる「可視化プロジェクト」で終わらせず、組織の意思決定の質を根底から変える「真のDXプロジェクト」へと昇華させるための、プロフェッショナルな進め方を、4つのステップで徹底的に解説します。
STEP1:「データが見たい」は欲望。「ビジネス上の問い」に変換せよ
BIツール選定プロジェクトが失敗する、最初の、そして最大の分岐点。それは、クライアントの「データが見たい」という、フワッとした要望を、鵜呑みにしてしまうことです。
プロのコンサルタントは、この言葉を聞いた時、すぐにツール比較の資料を作り始めたりはしません。まず、クライアントの目を見て、こう問いかけます。
「承知いたしました。ちなみに、『データが見たい』とのことですが、そのデータを見て、皆様は『どんな問い』に答えを出し、そして『どんな意思決定』を下したいのでしょうか?」
この「問いへの変換」こそが、プロジェクトの価値を決定づける、最も重要なプロセスです。
- 三流の目的: 「売上データを、とりあえずダッシュボードで可視化したい」
- 一流の目的(問いと意思決定):
- 問い: 「どの地域の、どの顧客セグメントが、どの商品のリピート率が低いのかを特定し、その根本原因を探りたい」
- 意思決定: 「その原因仮説に基づき、ターゲットセグメント別のリピート率改善キャンペーンを、A案・B案の中から選択し、実行する」
- 三流の目的: 「広告の費用対効果を、グラフで見たい」
- 一流の目的(問いと意思決定):
- 問い: 「どの広告チャネルから流入したユーザーが、最もLTV(顧客生涯価値)が高いのかを明らかにしたい」
- 意思決定: 「LTVの低いチャネルの予算を、LTVの高いチャネルへと再配分する」
プロジェクトを開始する前に、経営層、営業、マーケティング、開発など、関係する各部門のキーパーソンに徹底的にヒアリングを行い、彼らが日々、頭を悩ませている「ビジネス上の問い」を、最低でも20個以上、リストアップしてください。
この「問いのリスト」こそが、これから始まる長い旅の、唯一にして絶対の「羅針盤」となるのです。
STEP2: そのデータ、調理可能?”Garbage In, Garbage Out”の原則
さて、答えるべき「問い」が明確になりました。しかし、ここで焦ってはいけません。次に確認すべきは、「その問いに答えるためのデータは、そもそも存在するのか? そして、それは“使える”状態なのか?」という、データ環境の現実です。
BIツールは、どんな食材からでも三ツ星料理を生み出す、魔法の調理器具ではありません。データ分析の世界には、「Garbage In, Garbage Out(ゴミを入れれば、ゴミしか出てこない)」という、鉄の掟があります。
どんなに高価で、高機能なBIツールを導入しても、元となるデータが「ゴミ」であれば、そこから生まれるグラフやインサイトも、全く価値のない「ゴミ」なのです。
あなたの会社のデータは、”健康”ですか? プロジェクトを開始する前に、必ず「データ環境アセスメント」を行いましょう。
- データの散在: 答えるべき問いに必要なデータが、販売管理システム、SFA、Excel、Googleスプレッドシートなど、社内のあちこちにバラバラに散らばっていませんか?
- データの不整合: Aシステムに登録されている「株式会社〇〇」と、Bシステムに登録されている「(株)マルマル」は、本当に同じ会社ですか?こうした「名寄せ」の問題は解決されていますか?
- データの品質: 必須であるはずの項目に、大量の「空欄」はありませんか?「男性/女性」の表記が、「1/2」「M/F」「男/女」など、バラバラではありませんか?
- データの信頼性: そのデータは、いつ、誰が、どのようなルールで入力したものですか?本当に信用できる情報ですか?
多くの場合、このアセスメントの結果、BIツールを導入する前に、社内に散らばったデータを一箇所に集約・整理するための「DWH(データウェアハウス)」の構築や、データを綺麗にするための「ETLツール」の導入が、別途必要になることが判明します。
この地味で、泥臭い「データ整備」の工程を無視して進めたプロジェクトは、必ず、導入後に「データが汚くて、使い物にならない」という、最悪の事態に陥ります。
STEP3: “誰が”使うのか?ユーザー層に合わせたツール選定の地図
BIツールを導入する、と言っても、その「使い方」は、ユーザーの立場やスキルによって、全く異なります。誰が、どのレベルでデータを「触る」のか、そのユーザー像を明確に定義することが、ツール選定の重要なカギとなります。
組織のBIユーザーは、大きく3つの層に分類できます。
① クリエイター(三ツ星シェフ) データサイエンティストや専任のアナリストなど、自らSQLを書き、複数のデータソースを結合させ、複雑なデータ加工や高度な統計分析を行う、パワーユーザー層です。彼らは、いわば「生の食材(ローデータ)から、誰も見たことのない新しいメニュー(分析モデル)を創造する」役割を担います。
② エクスプローラー(創作料理人) 現場のビジネスユーザーや、企画部門の担当者など、「ある程度きれいに整えられたデータ」を使って、自分でグラフの種類を変えたり、ドリルダウンして深掘りしたり、データの切り口を変えたりしながら、分析を行うユーザー層です。彼らは、「用意された厨房と食材(加工済みデータ)を使って、日々のアレンジ料理(アドホック分析)を作る」役割です。
③ ビューワー(美食家) 経営層やマネージャーなど、基本的には「完成されたダッシュボード」を見て、KPIの進捗状況を定点観測するのが主な目的のユーザー層です。彼らは、「完成された料理(定型レポート)を味わい、その評価を下す」役割を担います。
あなたの会社が、どのユーザー層をメインターゲットにするのかによって、選ぶべきBIツールの種類は大きく変わります。
クリエイターやエクスプローラーを重視するなら、データプレパレーション機能が豊富で、自由度の高い分析が可能な、高機能なセルフサービス型BIツール(例: Tableau, Power BI)が候補になるでしょう。 一方、ビューワーが主な利用者で、まずは定型レポートの文化を根付かせたいのであれば、よりシンプルで、ダッシュボードの共有がしやすいツール(例: Looker Studio)から始めるのが賢明かもしれません。
「誰のためのツールなのか?」この問いに答えずして、最適なツール選びは不可能です。
STEP4: “カタログスペック”を信じるな。PoCで”リアルな使い勝手”を暴く
さて、目的、データ、ユーザー像が明確になり、候補となるBIツールも2〜3製品に絞られてきました。ここで、多くの人が、各ツールの「機能比較一覧表」を作成し、カタログスペックを眺めながら、最終決定をしようとします。
しかし、そのアプローチは危険です。なぜなら、ツールの本当の価値は、その「リアルな使い勝手」にこそあるからです。
ベンダーの営業担当者が見せる、美しく、サクサク動くデモ画面は、最高の食材を使って、最高のシェフが作った、ショーケースの料理と同じです。あなたが本当に知りたいのは、「自分たちの厨房で、自分たちの食材を使って、自分たちの手で、本当に美味しい料理が作れるのか?」ということです。
そのために、絶対に欠かせないのが、「PoC(Proof of Concept:概念実証)」の実施です。
PoCを成功させるための具体的な進め方
- STEP1でリストアップした「ビジネス上の問い」の中から、優先度と実現可能性が高いものを、2〜3個選びます。
- 候補となるBIツールの、無料トライアル環境を用意してもらいます。
- ベンダーのデモデータではなく、STEP2でアセスメントした、自社の「リアルなデータ」を接続させます。
- ベンダーの担当者に作ってもらうのではなく、実際にツールを使うことになる、各部署のキーパーソン(エクスプローラー層)たちの手で、その「問い」に答えるためのダッシュボード作成や分析を、実際に行ってもらいます。
- その過程と結果を、「操作は直感的か?」「レスポンス速度は快適か?」「表現したいグラフが作れるか?」「困った時のサポートは充実しているか?」といった、事前に定めた評価軸に基づいて、評価します。
このPoCには、時間も労力もかかります。しかし、ここでキーパーソンたちが「これなら、自分たちでも使えそうだ!」という手応えを感じること、そして、その過程で苦労した点(リアルな課題)を洗い出すことこそが、導入後のスムーズな定着化と、プロジェクト全体の成功を、何よりも確実にするのです。
まとめ:そのダッシュボードから、次の”アクション”は生まれるか?
BIツールの選定。 それは、決して、美しいグラフを描くための「お絵描きツール」を選ぶ作業ではありません。
それは、 組織が抱える、答えのない「問い」を定義し、 社内に眠る、原石のような「データ」を磨き上げ、 データを武器に戦う「人材」を育て、 そして、データを見て、次のアクションについて語り合う「文化」を醸成する。
そんな、組織の「意思決定のOS」そのものを、再設計する、壮大で、知的な変革プロジェクトなのです。
あなたがコンサルタントとして提供すべき本当の価値は、「どのツールが良いか」という答えではありません。そのツールを使って、クライアントが自ら「答え」を見つけ出し、次の「アクション」を起こせるようになるまで、伴走し続けること。
そのダッシュボードが完成した時、会議室の誰かの口から、「なるほど、この数字は面白い。ということは、我々は次に、こう動くべきじゃないか?」という言葉が生まれること。
それこそが、BIツール導入プロジェクトの、唯一の「成功」なのです。
シュボード, Tableau, Power BI, Looker Studio, コンサルティング
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