
【この記事はこんな方に向けて書いています】
- かつては活き活きしていた部下や後輩が、最近元気がなく心配なリーダーやマネージャーの方
- チーム全体の空気が重く、生産性が落ちてきたと感じている方
- つい「やる気あるのか?」「もっと頑張れよ」と精神論を言ってしまう自分に、嫌気がさしている方
- メンバーとの1on1で、当たり障りのない話しかできず、本音を引き出せないと悩んでいる方
- メンバー一人ひとりが自律的に動き、活気あふれるチームを本気で作りたいと考えている方
少し前まで、目を輝かせながら新しい企画を提案してきた、あのエース社員。 会議ではいつも一番に発言し、チームを盛り上げてくれていた、あの若手メンバー。
そんな彼らが、いつの間にか会議で押し黙り、指示されたことしかやらない「指示待ち人間」になってしまった…。そんな光景に、胸を痛めているリーダーは、決して少なくないはずです。
世界的な調査会社ギャラップ社の「グローバル職場環境調査(2023年版)」によると、日本の従業員のエンゲージメント(仕事への熱意度)はわずか5%。これは、調査した145カ国中、最下位レベルという衝撃的な結果です。つまり、ほとんどの職場で、従業員は仕事に情熱を注げていない、ということです。
メンバーのモチベーション低下は、本人の「やる気」の問題だけでは片付けられません。それは、チームの生産性を蝕み、周りのメンバーにも伝染し、やがては組織全体を弱らせていく、放置厳禁の「病」なのです。
この記事では、「気合」や「根性」といった、何の役にも立たない精神論を一切排除します。その代わりに、科学的な知見と具体的な対話術に基づき、メンバーの心に再び火を灯すための、超実践的なステップを解説していきます。
その「最近どう?」はNGワード。詰問ではなく”観察”から始める
メンバーの元気がない、様子がおかしい。そう感じた時、あなたが真っ先にやりがちな、しかし絶対にやってはいけない行動があります。
それは、いきなり本人を呼び出して、「最近どう?元気ないみたいだけど」「何かあったの?」「やる気ある?」と、問い詰めてしまうことです。
良かれと思ってかけたその言葉は、相手にとっては「詰問」や「尋問」に聞こえてしまいます。そう感じた瞬間、相手は心のシャッターをガラガラと下ろし、「いえ、特に何もありません」「大丈夫です」という鉄壁のガードを固めるだけ。そこから本音を引き出すことは、不可能に近くなります。
では、どうすればいいのか。最初のステップは「対話」ではなく「観察」です。あなたはリーダーである前に、まず「名探偵」になるのです。
客観的な事実(ファクト)を集める
先入観や「きっとこうに違いない」という思い込みは一旦すべて捨てて、具体的な行動の変化を、静かに、そして客観的に観察し、記録します。
- 時間に関する変化: 会議にギリギリに来るようになった、遅刻が増えた、逆に必要以上に残業している。
- コミュニケーションの変化: 会議での発言がなくなった、雑談に乗ってこなくなった、チャットでの返信が素っ気なくなった。
- 仕事の質の変化: 以前はしなかったようなケアレスミスが増えた、提出物のクオリティが明らかに落ちた、新しい提案が全くなくなった。
- 言動の変化: 「でも」「どうせ」「無理です」といった、諦めの言葉やネガティブな発言が増えた。
これらの「客観的な事実」は、後の1on1で、あなたの懸念を伝えるための、非常に重要な「証拠」となります。「君、やる気ないよね?」という主観的な決めつけではなく、「最近、〇〇という事実があるんだけど、何か環境の変化でもあったのかな?」という、事実に基づいた問いかけができるようになるのです。
焦って声をかける前に、まずは1週間。静かに観察し、事実を集める。それが、固く閉ざされた心の扉を開けるための、最初の鍵となります。
1on1は「尋問室」じゃない。安全な「対話の場」を作る技術
さて、観察によって客観的な事実が集まったら、いよいよ1対1の対話、1on1の出番です。しかし、ここでも多くのリーダーが過ちを犯します。それは、1on1を「問題解決の場」あるいは「指導の場」だと勘違いしてしまうことです。
モチベーションが低下しているメンバーとの1on1の目的は、ただ一つ。「本音を話してもらうこと」です。解決策を提示したり、アドバイスをしたりするのは、そのずっと後の話。まずは、相手が安心して心の中を吐き出せる「安全な場」を作ることが、何よりも優先されます。
「I(アイ)メッセージ」で切り出す
対話の切り出し方も極めて重要です。「You(あなた)」を主語にすると、相手を責めているように聞こえがちです。「君(You)は、最近会議で発言しないよね」ではなく、「私(I)」を主語にして、こちらの気持ちを伝えます。
「〇〇さん、少しだけ時間いいかな。実は、最近の〇〇さんの様子を見ていて、私(I)は少しだけ心配に思っていることがあるんだ。例えば、先日の会議で発言がなかったり、△△の資料で以前はなかったミスが続いたりしていて。もし何か、私が力になれることがあればと思って声をかけたんだけど…」
このように、「私」を主語にすることで、非難がましいニュアンスが消え、「あなたのことを心配している」という純粋なメッセージとして伝わりやすくなります。
ひたすら「聴く」に徹する
そして、相手が話し始めたら、あなたは「聴く」プロに徹します。ポイントは3つ。
- 否定しない:「でも、それは君にも原因があるんじゃない?」といった言葉は絶対に禁句です。
- 遮らない: 相手の話を最後まで、口を挟まずに聞きます。
- アドバイスしない:「それなら、こうすればいいよ」と、すぐに解決策を提示しません。
相手が黙り込んでしまっても、焦ってはいけません。その沈黙は、相手が言葉を選び、本音を話そうか葛藤している、非常に大切な時間です。あなたも黙って、ただ待つ。その姿勢が、「あなたの話を、私は真剣に聞く準備ができています」という無言のメッセージになります。
1on1は尋問室ではありません。心の傷を癒す、カウンセリングルームのような場を作る。その意識が、本音を引き出すための鍵となります。
モチベーション低下の”真犯人”を見つけ出す魔法のフレームワーク
対話を通じて、メンバーが少しずつ心を開いてくれたら、次はそのモチベーション低下の「真犯人」、つまり根本原因がどこにあるのかを特定するフェーズです。
「やる気が出ない」と一言で言っても、その原因は様々です。ここで役立つのが、アメリカの臨床心理学者、フレデリック・ハーズバーグが提唱した「二要因理論」というフレームワークです。
彼は、仕事における満足と不満足を引き起こす要因は、それぞれ別のものであることを発見しました。
不満を引き起こす「衛生要因」 これらは、整備されていて当たり前のもので、欠けていると「不満」を感じる要因です。しかし、満たされても「やる気がどんどん上がる」わけではなく、あくまでマイナスの状態をゼロに戻すだけのものです。
- 会社の政策と管理: 理不尽なルール、官僚的な手続き
- 上司との関係: 高圧的、マイクロマネジメント、放置
- 労働条件: 長時間労働、PCが古い、オフィスが不快
- 給与: 働きに見合っていないと感じる
- 同僚との関係: 人間関係のトラブル、孤立感
満足感を引き出す「動機付け要因」 これらは、なくてもすぐに不満にはなりませんが、満たされることで、仕事への「満足感」や「やる気」を大きく高める要因です。ゼロの状態をプラスに引き上げる、いわばアクセルのようなものです。
- 達成: 仕事をやり遂げたという感覚
- 承認: 上司や仲間から認められること
- 仕事そのもの: 仕事内容が面白い、興味深い
- 責任: 裁量権を与えられ、任されること
- 昇進・成長: 新しいスキルが身につき、成長している実感
あなたがすべきことは、メンバーとの対話の中から、彼の不満が「衛生要因」の欠如から来ているのか、それとも「動機付け要因」の不足から来ているのかを、見極めることです。「最近、隣の部署との連携が最悪で…」という話なら衛生要因、「今の仕事、ずっと同じことの繰り返しで…」という話なら動機付け要因が問題かもしれません。
この原因診断を間違えると、処方箋も全く的外れなものになってしまいます。
「頑張れ」は禁句。処方箋は”小さな成功”と”裁量権”
原因が特定できたら、いよいよ具体的なアクション、つまり「処方箋」を考えるステップです。そして、ここで絶対に言ってはいけない言葉が「頑張れ」です。モチベーションが下がっている人にとって、「頑張れ」は「あなたはまだ頑張りが足りない」と聞こえる、最も残酷な言葉の一つです。
衛生要因が原因だった場合の処方箋 もし問題が衛生要因にある場合、リーダーであるあなたが「防波堤」となり、「環境改善」に動く番です。
- 人間関係の問題: 「分かった。隣の部署とのやり取りは、一度私が間に入るよ」
- 労働条件の問題: 「PCのスペックが低いのは業務に支障が出るから、すぐに交換申請を出そう」
もちろん、給与制度や会社の大きな方針など、リーダー一人の力ではどうにもならないこともあります。その場合は、「給与のことはすぐには変えられない。でも、君の今の頑張りは、次の評価面談で私が責任を持って伝える」と、正直に伝え、約束することが重要です。この誠実な姿勢が、信頼関係を繋ぎ止めます。
動機付け要因が原因だった場合の処方箋 こちらが、リーダーの腕の見せ所です。処方箋の鍵は2つ、「小さな成功体験」と「裁量権」です。
- 小さな成功体験のデザイン: モチベーションが低下している人は、自信を失っていることが多いです。いきなり大きな目標を与えても、プレッシャーで潰れてしまいます。そこで、今の彼の実力で「少しだけ背伸びすれば届く」ような、絶妙な難易度のタスクを与えます。 そして、それをクリアしたら、「間髪入れずに」「具体的に」承認します。「この前の資料、特にあのグラフの見せ方がすごく分かりやすくて、クライアントも絶賛してたよ。ありがとう!」この「できた!」という小さな成功体験と、即時の承認の繰り返しが、失われた自信と達成感を取り戻させます。
- 裁量権の委譲: 心理学の「自己決定理論」では、人間は「自律性(自分で決めたい)」を求める生き物だとされています。「やらされ感」は、モチベーションを奪う最大の毒です。 そこで、仕事の「目的(Why)」と「ゴール(What)」は明確に共有した上で、その「やり方(How)」は本人に委ねてみます。 「この件、目的は〇〇で、期日までに△△を達成してほしい。でも、そこまでの進め方は、〇〇さんのやりやすいように任せるよ。もちろん、困ったら壁打ち相手になるから、いつでも声をかけて」 この「任せる」という一言が、受け身だった彼を「当事者」へと変え、内なるモチベーションに再び火をつけるきっかけとなるのです。
まとめ:リーダーの仕事は、火をつけることではなく、土壌を耕すこと
メンバーのモチベーション低下という、厄介でデリケートな問題。その解決策は、「もっとやれ」と尻を叩くことではありませんでした。
- ステップ1: 静かに観察し、事実を集める
- ステップ2: 安全な場で、本音を聴き出す
- ステップ3: 二要因理論で、真犯人を特定する
- ステップ4: 小さな成功と裁量権で、自信を取り戻させる
リーダーの役割とは、メンバー一人ひとりに無理やり火をつけて回る「放火魔」になることではありません。そうではなく、メンバーが持つ内なる情熱の火が、自然と、そして力強く燃え上がることができるように、環境という「土壌」を耕し、障害物を取り除き、適切な水と光を与える「庭師」のような存在であるべきなのです。
あなたの少しの観察と、勇気ある対話、そして戦略的な関わり方が、一人のメンバーを救い、チームを活性化させ、やがては組織全体の文化をも変えていく。その大きな可能性を、信じてみませんか。
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