【未来の自分へ】そのコード、1年後に解読できる?エンジニアの市場価値を左右する「保守性の高いコード」の思考法

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【この記事はこんな方に向けて書いています】

  • 半年前に自分が書いたコードを見て、「…誰だ、これを書いたのは(自分だ)」と頭を抱えた経験がある方
  • 納期のプレッシャーから、「とりあえず動けばいい」と場当たり的なコーディングをしてしまいがちな方
  • 「このコード、どういう意図…?」と同僚のコードの解読に、多くの時間を費やしてしまっている方
  • 読みやすく、変更しやすい「キレイなコード」を書きたいが、具体的に何を意識すれば良いか分からない方
  • エンジニアとして、一歩先のレベルに進みたい、自身の市場価値を高めたいと考えている方

半年前、あなたが実装したあの機能。急な仕様変更の依頼が舞い込み、あなたは久しぶりにそのコードを開きます。しかし、そこに書かれているのは、まるで古代の象形文字のような、意味不明な変数名と、複雑に絡み合ったロジックの数々。「…一体、何を考えてこれを書いたんだ?」あなたは、過去の自分に対して、静かな怒りさえ覚えます。

これは、多くのエンジニアが一度は経験する「コードのタイムトラベル問題」です。

ソフトウェア開発の権威、ロバート・C・マーティン氏は、その著書『Clean Code』の中で、「プログラマーは、コードを書く時間より、読む時間の方が10倍も長い」と述べています。これは、驚くべき事実です。私たちは、新しいコードを書いている時間よりも、既存のコードを理解しようと格闘している時間の方が、圧倒的に長いのです。

つまり、「未来の自分が(あるいは他人が)いかに速く、そして正確にコードを理解できるか」は、プロジェクト全体の生産性を左右する、極めて重要な要素だと言えます。

この記事では、単なるコーディングテクニックの話ではありません。未来の自分やチームメンバーを救い、エンジニアとしてのあなたの市場価値を本質的に高めるための「保守性の高いコード」を書くための思考法について、徹底的に解説していきます。

なぜ私たちは「読めないコード」を書いてしまうのか?3つの甘い言い訳

そもそも、なぜ私たちは、未来の自分を苦しめるような「読めないコード」を、意図せず生み出してしまうのでしょうか。その背景には、開発現場にありがちな、3つの「甘い言い訳」が存在します。

言い訳①:「時間がない」という最強の免罪符 「とにかく、納期に間に合わせないと!」 このプレッシャーは、丁寧な設計や命名規則をいとも簡単に吹き飛ばします。tmpdata1といった適当な変数名を使い、一つの関数に様々なロジックを詰め込み、「とりあえず動く」状態を最優先してしまう。そして、「リファクタリングは後でやろう」という、永遠に来ない「後で」に、未来を託してしまうのです。

言い訳②:「自分だけが分かっていればいい」という過信 特に、一人で開発している時や、小さな機能実装の際に陥りがちなのが、「これは自分しか触らないから、これくらいでいいだろう」という油断です。しかし、冒頭の例のように、数ヶ月後の自分は、もはや「他人」です。当時の記憶は薄れ、なぜそのロジックにしたのかを思い出すのに、多大なコストがかかります。

言い訳③:「トリッキーなコードが書ける=イケてる」という勘違い 時に、一部のエンジニアは、自身の知識を誇示するかのように、誰も知らないような言語の仕様や、一行で複雑な処理を行う「トリッキーなコード」を書いてしまうことがあります。本人は「こんなに短く書けるなんて、俺はなんて賢いんだ」と悦に入るかもしれませんが、そのコードは、他の誰にも(そして未来の自分にも)解読不可能な「負の遺産」となるのです。

「後でやる」が積み重なった「技術的負債」の恐ろしい利息

こうした言い訳から生まれる「読めないコード」や「場当たり的な設計」は、会計の世界で言うところの

「技術的負債」と呼ばれます。

これは、非常に的確な比喩です。目先の開発スピード(キャッシュ)を優先して、将来の保守性(返済)を後回しにする。借金と同じように、この「技術的負債」は、放置すればするほど、高金利の「利息」を付けて、あなたのプロジェクトを蝕んでいきます。

その「利息」とは、具体的にどのようなものでしょうか。

  • 機能追加スピードの低下: コードが複雑で、どこを修正すればいいか分からず、簡単な機能追加に数日を要する。
  • バグの増加: ある場所を修正したら、全く予期せぬ別の場所でバグが発生する(デグレード)。
  • 調査・解読時間の増大: 新しいメンバーがチームに参加しても、コードが複雑すぎて、戦力になるまでに数ヶ月を要する。
  • 開発者のモチベーション低下: 誰しも、スパゲッティのように絡まったコードを、毎日触りたいとは思いません。

ある調査では、開発工程の初期段階で発見されたバグの修正コストを「1」とすると、テスト段階では「10」、そしてリリース後に発見された場合の修正コストは「100」以上にもなると言われています。「読めないコード」は、まさにこの「発見されにくいバグ」の温床となり、見えないところで莫大なコストを発生させ続けるのです。

未来の自分を救う、4つの「未来志向」コーディング原則

では、この恐ろしい「技術的負債」を抱え込まないためには、何を意識すれば良いのでしょうか。ここでは、明日からすぐに実践できる、4つの基本的な原則をご紹介します。

原則①:命名は九割。名前を見れば、役割が分かるようにする

コードの中で、最も多く目にするのは「名前(変数名、関数名、クラス名)」です。この名前付けに、どれだけ魂を込められるか。それが、コードの可読性の9割を決めると言っても過言ではありません。

ダメな例:

def proc(data, flg):
  val = 1.1
  if flg:
    # ...
    return data * val

このコードをぱっと見て、procが何をし、dataflgが何者で、valが何を意味するのか、即座に理解できるでしょうか。おそらく不可能です。

良い例:

def calculate_price_with_tax(price_without_tax, is_reduced_tax_rate):
  TAXRATE_STANDARD = 1.10
  TAXRATE_REDUCED = 1.08

  if is_reduced_tax_rate:
    return price_without_tax * TAXRATE_REDUCED
  else:
    return price_without_tax * TAXRATE_STANDARD

変数名や関数名が、その役割を雄弁に物語っています。is_reduced_tax_rateのような真偽値を返す変数にはishasを付ける、といった命名規則も効果的です。これなら、数ヶ月後に見返しても、一目瞭然です。

原則②:一つの関数には、一つの仕事を。小さく、賢く分割する

「神は細部に宿る」と言いますが、優れたコードは「小さな関数の集合体」でできています。一つの関数にあれもこれもと機能を詰め込むと、その関数はあっという間に巨大で複雑な「怪物」と化します。

原則:一つの関数が担う責務は、一つだけにする(単一責任の原則)。

ダメな例(ユーザーを登録し、ウェルカムメールも送る関数):

def register_user_and_send_email(name, email):
  # 1. ユーザー情報をデータベースに保存する処理
  # ...

  # 2. ウェルカムメールの文章を作成する処理
  # ...

  # 3. メールを送信する処理
  # ...

この関数は、少なくとも3つの異なる仕事をしています。これでは、メールの文面だけを変更したい場合にも、データベースのロジックを一緒に読む必要があり、修正が困難で、テストもしにくくなります。

良い例:

def register_user(name, email):
  # ユーザー情報をデータベースに保存する処理に専念
  # ...

def create_welcome_message(name):
  # メールの文章作成に専念
  # ...

def send_email(to_address, message):
  # メール送信に専念
  # ...

# 呼び出し側
user = register_user("山田太郎", "taro@example.com")
message = create_welcome_message(user.name)
send_email(user.email, message)

それぞれの関数が、自分の仕事にだけ責任を持つことで、コードは驚くほど見通しが良くなります。再利用性も高まり、テストも個別に書けるようになります。

原則③:コメントは「What(何をしているか)」ではなく「Why(なぜ、そうしたか)」を書く

初心者がよく陥る間違いに、「コードの動作を、そのまま日本語で説明する」コメントがあります。

ダメなコメント:

# iに1を足す
i = i + 1

これは、全く意味のないコメントです。コードを読めば分かることを、わざわざ書く必要はありません。優れたコードは、それ自体が「What(何をしているか)」を語るべきです。

では、コメントは何のために書くのか?それは、コードだけでは伝わらない「Why(なぜ、そう書いたのか)」という”意図”や”背景”を伝えるためです。

良いコメントの例:

# パフォーマンス上の理由から、ここでは敢えてN+1問題には目をつぶり、
# ループ内で都度クエリを発行している。
# なぜなら、対象データが最大でも数件であることが仕様上保証されているため。
for item in items:
  process_item_with_db_query(item)

このようなコメントがあれば、未来の自分が「なんでこんな非効率な書き方をしているんだ?」と悩むことはありません。コードの背後にある「トレードオフ」や「設計判断」を記録すること。それが、本当に価値のあるコメントです。

原則④:不要なコードは、勇気を持って”消す”

使われなくなったコードを、コメントアウトして残しておく。これもまた、「技術的負債」の典型例です。

# 旧仕様のためコメントアウト(2024/05/10 鈴木)
# def old_process(data):
#   # ...
#   # ... (数十行のコード) ...
#   # ...

このような「ゾンビコード」は、コードベースの可読性を著しく下げます。これを見た他のエンジニアは、「これは、いつか復活させる予定があるのか?」「何か重要なロジックが隠されているのか?」と、余計な思考コストを払うことになります。

現代の開発では、Gitなどのバージョン管理システムを使っているのが当たり前です。過去のコードは、すべて履歴に残っています。不要になったコードは、未練を断ち切り、勇気を持って削除しましょう。「最高のコードは、書かれなかったコードである」という格言を、忘れないでください。

究極的には「思いやり」。未来の保守担当者への想像力

ここまで4つの原則をお話ししてきましたが、これらすべてに共通する、たった一つのマインドセットがあります。

それは、「このコードを、明日、初めて触る後輩が、すんなり理解できるだろうか?」と、常に自問自答することです。

その「初めて触る後輩」とは、多くの場合、数ヶ月後の「未来のあなた」自身です。

未来の保守担当者(未来の自分)が、どんな情報があれば迷わないか、どんな名前なら誤解しないか、どんな構造なら全体像を把握しやすいか。そうした「相手への思いやり」や「想像力」こそが、保守性の高いコードを生み出す、すべての源泉なのです。

保守性の高いコードを書くことは、決して自己満足や、ただの美学ではありません。それは、未来の生産性を最大化するための、極めてロジカルで、効果的な「投資活動」です。そして、そのスキルは、どんな流行のフレームワークよりも長く、あなたのエンジニアとしての価値を支え続けてくれる、一生モノの資産となるでしょう。

さあ、今日から、未来の自分に感謝されるようなコードを、一行ずつ、書いていきませんか。

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