【図解でわかる】なぜ、あの会社には優秀な人が集まるのか?今さら聞けない「人的資本経営」超入門

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【この記事はこんな方に向けて書いています】

  • 「人的資本経営」が重要と言われるけど、何から手をつければいいか分からない経営者・人事の方
  • 優秀な人材を採用しても、なぜかすぐに辞めてしまうことに悩んでいる方
  • 会社の成長と社員の幸せを本気で両立させたいと考えているすべてのリーダーの方
  • これから就職・転職する上で、「本当にいい会社」を見極めたい方
  • 投資家として、長期的に成長する企業を見つけ出したい方

「あの会社、いつも楽しそうで、優秀な人がどんどん集まってくるよな…」。あなたの周りに、そんな風に噂される企業はありませんか?業績も好調で、社員はみんな生き生きと働いている。そんな誰もが羨むような会社が、今、こぞって実践しているのが「人的資本経営」です。

「また新しい横文字か…」「要は社員に優しくするってことでしょ?」と思ったなら、それは大きな誤解です。人的資本経営は、単なる福利厚生の話や、綺麗事の精神論ではありません。これは、人を「コスト」ではなく「価値を生む資本」と捉え直し、積極的に投資することで、企業の持続的な成長を本気で目指す、極めて戦略的な経営手法なのです。

実は、政府もこの動きを後押ししており、2023年からは大企業に対して「人的資本に関する情報開示」を義務化しました。もはや、知らなかったでは済まされない、すべての企業にとって待ったなしの重要テーマとなっています。

この記事では、「人的資本経営って結局、何?」「従来の人事と何が違うの?」「うちみたいな中小企業でもできるの?」といったあらゆる疑問に、豊富なデータと具体的な成功事例を交えながら、ゼロから徹底的に解説していきます。

この記事を読み終える頃には、優秀な人材から選ばれ、持続的に成長する会社の秘密が分かり、あなたの会社で実践するための確かな第一歩が踏み出せるはずです。


結論:「人的資本経営」とは、人を「コスト」ではなく「未来を生む資本」と考える経営

いきなりですが、結論からお伝えします。

「人的資本経営」とは、一言でいえば、従業員を「人件費」というコスト(費用)として捉えるのではなく、企業の成長に不可欠な「資本」として捉え、その価値を最大限に引き出すことを目指す経営のことです。

これまでの日本企業で主流だった考え方と比べてみると、その違いは一目瞭然です。

  • 従来の人事管理(人はコスト)
    • 考え方:人件費は、できるだけ抑えるべきコスト
    • 人材観:決められた業務をこなすための「労働力(Labor)」。
    • 主な活動:採用、給与計算、労務管理など、管理的な業務が中心。
  • 人的資本経営(人は資本)
    • 考え方:人材への投資は、将来の利益を生み出すための資本
    • 人材観:知識、スキル、経験、創造性で新たな価値を生み出す「資本(Capital)」。
    • 主な活動:人材育成、キャリア開発、エンゲージメント向上など、価値創造に繋がる戦略的な投資が中心。

車で例えるなら、従来の人事管理が「ガソリン代(コスト)をいかに節約するか」を考えていたのに対し、人的資本経営は「もっと高性能なエンジン(資本)を開発・搭載して、車の価値そのものを高めよう」と考えるようなものです。

人を消費して終わりではなく、投資して育てることで、企業全体の価値を永続的に高めていく。これが、人的資本経営の根本的な発想なのです。


なぜ今、これほど「人的資本経営」が叫ばれるのか?3つの大きな時代の変化

「なるほど、考え方は分かった。でも、なぜ今になって急に注目され始めたの?」 その背景には、私たちのビジネス環境を取り巻く、抗うことのできない3つの大きな変化があります。

変化1:企業の価値の源泉が「モノ」から「ヒト」へ

かつて、企業の価値は工場や機械、土地といった「有形資産」が中心でした。しかし、現代ではその常識が完全に覆されています。

アメリカの代表的な株価指数であるS&P500を構成する企業の市場価値を見てみると、その内訳は劇的に変化しました。米国のコンサルティング会社Ocean Tomoの調査によれば、1975年には17%に過ぎなかった無形資産の割合が、2020年にはなんと90%にまで上昇しています。

無形資産とは、ブランド、特許、ソフトウェア、そして何よりも「従業員が持つ知識やスキル、ノウハウ」といった、目に見えない資産のこと。つまり、現代の企業価値のほとんどは、機械ではなく「人」が生み出しているのです。この現実に、経営のあり方を合わせる必要が出てきたのは、当然の流れと言えるでしょう。

変化2:深刻な人手不足と「選ばれる会社」へのシフト

ご存知の通り、日本は深刻な労働人口の減少に直面しています。総務省のデータでは、生産年齢人口(15〜64歳)は1995年の約8700万人をピークに減少し続けており、2050年には約5200万人にまで落ち込むと予測されています。

これは、優秀な人材の獲得競争がますます激化することを意味します。終身雇用が過去のものとなり、より良い条件や働きがいを求めて転職するのが当たり前になった今、「給料さえ払っていればいい」というスタンスの会社に、未来はありません。

従業員の成長を支援し、働きがいのある環境を提供できなければ、人材は流出する一方。企業は、かつてのように「選ぶ」立場から、優秀な人材から「選ばれる」立場へと変わったのです。

変化3:ESG投資の拡大と「情報開示」の義務化

近年、投資の世界ではESG投資という考え方が主流になっています。これは、環境(Environment)、社会(Social)、ガバナンス(Governance)への取り組みを評価し、長期的に成長が見込める企業に投資する手法です。

この中の「S(社会)」の中核をなすのが、まさに「人的資本」。従業員を大切にし、多様性を尊重し、働きがいのある会社こそが、社会的なリスクに強く、持続的に成長できると評価されるのです。世界のESG投資額は、2020年には35兆ドルを超え、投資市場全体の3分の1以上を占める巨大な潮流となっています。

この流れを受け、日本政府もついに動きました。金融庁は、2023年3月期決算以降の有価証券報告書から、上場企業など約4,000社に対して「人材育成方針」や「男女間の賃金格差」といった人的資本に関する情報の開示を義務化したのです。

これは、国が「人的資本は、株価や業績と同じくらい重要な経営指標ですよ」と公式に宣言したことに他なりません。企業はもはや、人的資本への取り組みを社内外に説明する責任を負っているのです。


政府も本気!「人材版伊藤レポート」が示す、経営の羅針盤

「人的資本経営が大事なのは分かった。でも、具体的に何をどう考えればいいの?」 その道しるべとなるのが、経済産業省が公表した「人材版伊藤レポート」(正式名称:持続的な企業価値の向上と人的資本に関する研究会 報告書)です。

これは、日本企業が人的資本経営を実践するための、いわば「公式ガイドブック」。少し難しく感じるかもしれませんが、要点はとてもシンプルです。このレポートでは、特に重要な考え方として「3つの視点(3P)」「5つの共通要素(5F)」が示されています。

3つの視点(Perspectives)

  1. 経営戦略と人材戦略の連動:会社の目標と、人の採用・育成・配置をしっかりリンクさせましょう。
  2. As is – To be ギャップの定量把握:「あるべき姿(To be)」と「現状(As is)」の差を、感覚ではなく数字でしっかり測りましょう。
  3. 企業文化への定着:一過性のイベントで終わらせず、会社全体の「文化」として根付かせましょう。

5つの共通要素(Common Factors)

  1. 動的な人材ポートフォリオ:将来の事業計画に合わせて、どんな人材がどれくらい必要か、計画的に考えましょう。
  2. 知・経験のダイバーシティ&インクルージョン:性別や国籍、経歴の違う多様な人材が、それぞれの能力を発揮できる環境を作りましょう。
  3. リスキリング・学び直し:社員が時代の変化に対応できるよう、新しいスキルを学ぶ機会を積極的に提供しましょう。
  4. 従業員エンゲージメント:社員が会社に愛着を持ち、「この会社のために頑張りたい!」と思える状態を目指しましょう。
  5. 時間や場所にとらわれない働き方:リモートワークやフレックスタイムなど、柔軟な働き方を整えましょう。

要するに、「会社の進みたい方向性を明確にして、そこに向かうために必要な人材を育て、多様な仲間がいきいきと働ける文化を作っていこうね!」ということです。このレポートは、自社の取り組みを考える上での、強力なチェックリストになります。


具体的に何をすればいい?人的資本経営を始めるための4ステップ

では、いよいよ実践編です。人的資本経営は、以下の4つのステップで進めていくのが効果的です。

ステップ1:経営戦略と連動した「理想の人材戦略」を描く

まずは、自社の経営理念や中期経営計画と向き合うことから始めます。「3年後、うちの会社はどうなっていたいのか?」「そのために、どんなスキルや専門性、価値観を持った人材が、何人くらい必要なのか?」を徹底的に議論し、言語化します。ここが全ての土台となります。

ステップ2:現状の「見える化」とギャップの把握

次に、理想と現状の差を「数字」で把握します。ここで使うのが、様々なデータです。

  • 従業員エンゲージメントサーベイ:社員の満足度や働きがいを測定。
  • スキルマップ:誰がどんなスキルを持っているかを可視化。
  • 人材データ分析:離職率、平均勤続年数、女性管理職比率、男女間の賃金格差、育成投資額などを分析。

これらのデータを集めて初めて、「うちの会社は、エンゲージメントの中でも特に『成長実感』のスコアが低いな」「次世代のリーダー候補が不足しているな」といった、具体的な課題が見えてきます。

ステップ3:ギャップを埋めるための施策を実行する

課題が明確になったら、それを解決するための具体的なアクションプランを立てて実行します。

  • 課題:若手の離職率が高い
    施策:1on1ミーティングの定期実施、メンター制度の導入、キャリア相談窓口の設置。
  • 課題:DXを推進できる人材がいない
    施策:デジタル人材向けのリスキリングプログラムの導入、外部専門家との協業。
  • 課題:従業員の健康状態が良くない
    施策:「健康経営」を宣言し、健康診断の受診率向上やストレスチェックを徹底。

ポイントは、あれもこれもと手を出すのではなく、ステップ2で見つかった最も重要な課題にフォーカスすることです。

ステップ4:効果測定と「情報開示」

施策は実行して終わりではありません。その効果をKPI(重要業績評価指標)で定期的に測定し、改善を繰り返していくこと(PDCAサイクル)が重要です。そして、こうした取り組みのプロセスと成果を、社内外に積極的に発信していきます。採用サイトや自社メディア、IR情報、サステナビリティレポートなどを活用し、「私たちの会社は、人をこれだけ大切にしています」と伝えるのです。この情報開示こそが、優秀な人材や投資家を惹きつける強力な磁石となります。


まとめ:人は「コスト」から「価値創造のパートナー」へ

今回は、「人的資本経営」という、これからの企業経営のスタンダードについて、その本質から具体的な実践方法までを解説してきました。

重要なポイントをもう一度おさらいしましょう。

  • 人的資本経営とは、人を「コスト」ではなく「資本」と捉え、投資することで企業価値を高める戦略。
  • 「無形資産の価値増大」「人手不足」「ESG投資の拡大」という時代の変化が、その重要性を後押ししている。
  • 実践には、「理想の定義」「現状の見える化」「施策の実行」「効果測定と開示」という4つのステップがある。

人的資本経営は、人事部だけの仕事ではありません。経営トップが強い意志を持ってリーダーシップを発揮し、全社を巻き込んで推進すべき、まさに経営戦略そのものです。

これからの時代、企業が持続的に成長できるかどうかは、「いかに従業員一人ひとりを価値創造のパートナーとして尊重し、その可能性に投資できるか」に、かかっています。

まずはあなたの会社で、従業員について、そしてその未来について、一度じっくりと話し合ってみませんか?その対話こそが、会社を新たな成長ステージへと導く、最も価値のある「投資」になるはずです。

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