
【この記事はこんな方に向けて書いています】
- かつての日産車が好きで、今のラインナップに物足りなさを感じている方
- 日本の自動車産業の未来や、日産の経営の行方に関心のある方
- 「e-POWERは凄いけど、それだけ?」と感じている方
- 大企業の組織が抱える、根深い問題について考えたい全ての方
かつて、「技術の日産」という言葉には、魔法のような響きがありました。 スカイラインGT-R、シルビア、フェアレディZ、パルサーGTI-R…。私たちの心を熱くさせ、世界中の度肝を抜くような、挑戦的で、少しヤンチャで、面白いクルマたちがそこにはありました。
では、今のあなたに問います。 「日産」と聞いて、どんなクルマを思い浮かべますか? 多くの人が「e-POWER」と答えるでしょう。確かに、素晴らしい技術です。でも、それだけじゃないですか?
カルロス・ゴーン氏によるV字回復劇の裏側で、日産は一体何を失ってしまったのか。今日は、一人のクルマ好きとして、そして日産という偉大なメーカーを愛するからこそ、その根本的な病巣について、厳しく切り込んでいきたいと思います。
「コストカッター」が殺した、未来への投資と“遊び心”
まず、ゴーン改革の功罪を正しく評価する必要があります。当時、倒産寸前だった日産を救ったその手腕は、紛れもなく歴史的な功績です。
しかし、その手法は、ご存知の通り「徹底的なコストカット」でした。 工場の閉鎖、数万人規模の人員削減、そして何より、「儲からないクルマ」の開発が次々と凍結されていったのです。利益に直結しないスポーツカーや、採算度外視の挑戦的なモデルは、「選択と集中」という、聞こえの良い言葉のもとに、次々と葬り去られました。
短期的な財務改善と引き換えに、日産が失ったもの。 それは、多様なクルマ作りに挑戦する技術的な体力と、何よりもエンジニアたちの「遊び心」だったのではないでしょうか。売れるクルマを作るのは、メーカーとして当然です。しかし、「こんなクルマがあったら面白いじゃないか」という情熱や狂気が、かつての日産のブランドを築き上げてきたはず。コストカットは、その“魂”まで切り刻んでしまったのです。
“e-POWER一本足打法”という、あまりにも危険な賭け
現在の日産の最大の武器が「e-POWER」であることに、異論はありません。エンジンで発電し、モーターだけで駆動する。その滑らかで力強い走りは、唯一無二の魅力を持っています。
しかし、一人のファンとして、強い懸念を抱かざるを得ません。 それは、今の電動化戦略が、あまりにもe-POWERに偏りすぎているのではないか、ということです。
世界の自動車業界の潮流は、疑いようもなく完全な電気自動車(BEV)へと向かっています。思い出してください。日産は、世界に先駆けて量産型BEV「リーフ」を発売した、正真正銘のパイオニアでした。それなのに、なぜ今、BEV市場でテスラやヒョンデ、BYDといった海外勢の後塵を拝しているのでしょうか。
トヨタがハイブリッド、PHEV、BEV、そして水素に至るまで、「全方位戦略」で未来のリスクに備えているのに対し、日産の戦略は「e-POWER一本足打法」に見えてしまう。それは、あまりにも危険な賭けではないでしょうか。今の成功に安住し、次の大きな波に乗り遅れる。これは、かつてコストカットのために未来への投資を怠った過ちと、全く同じ構造に見えてしまうのです。
「誰が、この船の船長なのか」見えないリーダーシップの不在
そして、最も根深い問題がこれです。 ゴーン氏という強烈な独裁者が去った後、この日産という巨大な船の「船長」が、誰なのかがハッキリと見えない。
もちろん、内田誠社長兼CEOのもとで新たな経営計画「The Arc」も発表され、経営再建は進んでいます。しかし、市場や我々消費者に、「日産は、これからどこへ向かうのか」「どんな未来を見せてくれるのか」という、ワクワクするようなビジョンが、全く伝わってこないのです。
ルノーとの複雑なアライアンス関係の整理、そして近年発表されたホンダとの協業検討…。これらの一連の動きは、日産が自らの進むべき道を見失い、迷走しているようにも見えてしまいます。
強いリーダーシップのもとで、「我々は、こんな面白いクルマで、再び世界を驚かせるんだ!」という熱いメッセージを、社員やファンは待っている。今の経営陣に、その「物語」を語る力はあるのでしょうか。このリーダーシップの不在こそが、現場の士気を下げ、魅力的なクルマが生まれない最大の原因だと、僕は思います。
日産の根本的な問題は、個別の車種や技術の話ではありません。 それは、短期的な利益のために、未来への挑戦と遊び心を忘れ、そして今なお、明確なビジョンを打ち出せずにいる「企業体質」そのものです。
e-POWERという素晴らしい技術は、あくまで一つの“武器”に過ぎません。 その武器をどう活かし、どんな未来を描くのか。
一人のファンとして、ただ売れるだけの「優等生」なクルマではなく、再び私たちの心を震わせるような、少し不良で、最高に面白い「技術の日産」のクルマが見られる日を、心から待っています。
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